五十嵐 久枝 さん
桑沢デザイン研究所卒業後、倉俣史朗氏が主催するクラマタデザイン事務所に勤務。1993年に独立、イガラシデザインスタジオを設立。「TSUMORI CHISATO」や「une nana cool(ウンナナクール)」に代表される商業空間のデザインを中心に、インスタレーションや家具デザインなども多数手がけ、活躍のフィールドを広げている。武蔵野美術大学教授。
—— 幼児から高齢者まで、様々な世代に向けたインテリアやプロダクトの作品を発表し続ける
五十嵐氏に、人とデザインの関わりについて伺った。 ——
出会いや経験すべてがデザインの源泉となる。
商業空間や家具、幼児向けの遊具など、幅広いジャンルのデザインを手がける五十嵐氏。インテリアとプロダクトの仕事を平行して進めることで、自分自身に変化を絶やさないようにしているのだという。
「小さいものでは時計や置物、大きいものでは事務所が入居している『RYU GAN SOU』のような建物を作ることもあります。様々なスケールのものを手がけ、刺激を受けることで、デザインに対する多面的なアプローチへとつながります。ひとつに絞り込まず、常に色々な分野を巡りながら、やりたいこと・やるべきことを考えるのが私にとっての自然体なのです」。
こうしたスタンスは、生活全体に対するもののようだ。仕事だけでなく家庭においても、子どもの成長に伴って変わっていく状況を楽しんでいるのだと、五十嵐氏は語る。
「育っていく子どもが家庭にいるとたくさんの影響を受けるものですが、インテリアデザイナーにとっても、様々な世代の人と一緒に過ごすのは大切なこと。遊具のデザインでは小さい子どもと接することが必要ですし、反対に、高齢の両親からヒントを得る仕事もあります。大学で教えているので、若者の考えに触れる機会にも恵まれていますね。色々な世代や環境の方と接点をもち、その関係性をカタチ化していくのが私の仕事。だから仕事かプライベートかを問わず、出会いや経験はすべてデザインに関わっているんです」。
五感でつかんだ情報がものづくりの要
変化を常に意識することに加えて五十嵐氏が重視しているのは、制作に取りかかる前の綿密なリサーチだ。資料収集はもちろん、自身で体感した情報がものを作っていくうえでの基礎となる。
「商業空間をデザインする場合はそのお店に行きますし、ホームユーズの家具だと、様々な家のリサーチやインテリアショップを巡ったりもします。インターネットなどのバーチャルな情報だけでは、得られるものが少ない。立体を扱う以上、リアルを通らずしてものを作ることはできません。デザインする環境にできるだけ近い場に足を運び、そこにいる人の様子や空気感を肌で感じることが大切なのです」。
このように五感をフルに使ったリサーチから、五十嵐氏はどのようなデザインを作り上げていくのだろうか。
「ただスッキリきれいになったというだけでなく、居心地の良さや新しい風のような気配など、ポジティブな気付きのある空間やものを作りたいと考えています。デザインとは、人をハッピーにするために求められているもの。その『幸せ感』をどのように出すかはデザイナーのさじ加減ですが、私の場合は明確なものを打ち出すよりも、多方面から五感にじんわりと心地よさが伝わるような感覚を探る作業をしています」。
穏やかなときを感じさせるローソクの祭壇
世代や立場によって異なるニーズを探りながら、様々な人のあり方に寄り添う五十嵐氏。2014年6月にはカメヤマとのコラボレーションで、家族葬向けの祭壇「nebula(ネビュラ)」と、生前に葬儀などの相談ができる「事前相談所」の空間デザインを発表した。
「『nebula』 は、自然の核である火を取り入れたローソクの祭壇です。出来るだけ多くの灯りで飾りたかったので、炎を乱反射し、倍増させてくれる円形のパイプを配しました」。
制作にあたっては、自宅にたくさんのローソクを飾ってみたという。透明のパイプは、実際に点してみることで思いついたアイデアだった。
「ローソクをガラスの器に入れると、炎が反射してすごく美しかったんです。揺らめき、溶けるという変化によって時間を感じられるのが、ローソクの魅力。穏やかな時間を表現する炎を見つめることで、参列者の方は心静かにお別れを迎えることができるのではないかと思います」
一方の事前相談所ブースは、洗練されたインテリアショップのような空間に仕上げた。
「事前相談はまだあまり一般化していないので、入ってみるきっかけとなるような、葬儀を感じさせない晴れ晴れとした雰囲気を作りました。いざ事が起こったときに思い出していただける、記憶に残るデザインを目指しています」
今後も「人としての終末」というテーマについて模索したいと語る五十嵐氏。未来に向けてどのような弔いのカタチを示してくれるのか、これからの展開に注目したい。